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すみません、ヨガはやってません。

有名なのに名前はないキャラクターは存在しうるか

anond.hatelabo.jp

この記事へのブコメでも書いたけど、源氏物語もそうだし、伊勢物語なんかもそうで、日本の古典物語の多くで主人公をはじめとする主要登場人物の名前はない。

伊勢物語は「筒井筒」とか「東下り」みたいな有名な長い話もあるけど、実際読んでると多くがふわっと男と女のこじゃれた歌問答が出てくるだけの「ハートカクテル」的な感じで、あのマンガでわたせせいぞうの書く男や女がなんかふわっと同じ顔に見えて名前がないのと同様に、出てくるキャラクターの名前はあんまり書かれてない。「昔、男ありけり」で始まる話の「男」が誰かは、よく言われてるように業平なのか、そのへんの男なのかもあんまりわからない。現代人は仮にでも名前を当てないと話をイメージできないから、伊勢物語の主人公を「昔男」とか呼ばないと訳すことができない。そうやって、有名なお話だけど、キャラクターの名前がなく匿名性が高いお話はわりと存在する。

気になって、源氏の原文を「葵」から「須磨」「明石」ぐらいまでざーっと読んだけど、本当に「誰が」とか「誰を」というのが極限まで書かれていないし、文中でも主語が入れ替わる。「これはこういう意味の敬語で皇族にしか使わないやつだからここに出てくるのは誰」とかそういう感じで読み解いていくの、古文の授業でやったことがあってむっちゃ面倒だったの思い出した。でも、当時の人はそれで別に難しく考えるまでもなく娯楽作品として正しく読めてたんだと思う。紫式部が書いてたのをリアルタイムで読んでた読者にしてみたら、ある種自分たちの周囲を舞台にしたナマモノ二次創作みたいなもんだしそれで通じてたということかも。竹取物語では、おじいさんは「讃岐造」姫は「なよたけのかぐや姫」と名前がついてる。源氏みたいに人間関係の話ではないから名前がないと求婚する5人の貴公子を区別できない。

そう考えると更級日記のことが気になった。源氏物語の成立が1008年と言われてて、更級日記は1020年ぐらいの出来事から書き始められている。この著者はおそらく歴史上最初に記録が残っているオタク趣味に目覚めたローティーン女子であり、人気コンテンツとして浸透してからの源氏読者ということになる。ゼロ年代に書かれた小説を今の子どもが夢中になって読む感じ?彼女が父親の赴任先の千葉でオタクに目覚め「その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど」を家族にねだって教えてもらたり、京都に帰る旅で言問橋を通るときには、在五の中将(業平)が歌詠んだところだわと「聖地」みたいな反応したり、京都に戻ってきた後に親戚から箱一杯の薄い本をプレゼントされて狂喜したりしているのを読むと、オタク女子は1000年前も今もかわらんなーという気持ちになる。

これを読むと、同時代人でも、お姉ちゃんとオタトークする時には「光源氏」というキャラクターの物語として話し、伊勢物語では、名無しの「男」としか書かれていないキャラも「在五の中将」と書いている。そうでないと情報伝達ができない。「紫式部さんの書いたあのお話の主人公」「東下りした例の男」のままでは話にならない。

現代人の読解力のなさから、現代語訳する時に主語を補う形で訳さざるを得ないので便宜上「光源氏」だの「葵の上」だの名前がついてると思ってたけど、ほぼ同世代の読者である菅原孝標女(彼女もまた名前がない)が言及する時にはすでにキャラクターとして名前がつけられている。結論として作品の中で名前のついていない人物を活躍させることは可能であるけれども、その登場人物がキャラクターとして有名になる段階においては名前がついてしまう、ということになりそう。